『私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。この方こそ、私たちの罪のための、・・私たちの罪だけでなく全世界のための、・・なだめの供え物なのです。』(新約聖書 ヨハネの手紙第一 2:1,2)
ヨハネはこの手紙を、あなたがたが罪を犯さなくなるために書いたと書いていますが、何の罪のことを言っているのでしょうか。それは、前の章からのつながりから読み取る必要があります。前章の最後に次のように書かれています。
『もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。』(新約聖書 ヨハネの手紙第一 1:8)
ヨハネがここで問題にしている罪は、「自分には罪がない」と偽証する罪です。神が問題にするのは行いよりも、神の前に自分を隠し、偽証する罪です。私たちは、生きている限り、罪を犯してしまうものですが、罪を犯した時、神の前に自分を隠さず、正直に罪を告白するなら、弁護して下さる方がいると書かれています。私たちは、神の前に正直であるとき、はじめて成長します。ですから、「自分には罪はない」とする罪を犯さないようにしましょう。
『しかし、私は新しい命令としてあなたがたに書き送ります。これはキリストにおいて真理であり、あなたがたにとっても真理です。なぜなら、やみが消え去り、まことの光がすでに輝いているからです。光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです。兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。』(新約聖書 ヨハネの手紙第一 2:8〜11)
神を信じていることは、何によって分かるかというと、御言葉を守ることによってです。そして、ヨハネはイエス様から直接御言葉を教えられましたが、彼の心に最も深く刻まれたのは、「兄弟を愛しなさい」という御言葉です。神を愛することと兄弟を愛することは、神が最初から言われていたことであり、また全ての御言葉の集約でもあります。それを敢えて、イエス様は新しい命令として、私たちに与えられました。
光とやみとは、具体的にどのような状況を指しているのでしょうか。やみの中にいるというのは、救われていないということではありません。やみの中にいるというのは、ギリシャ語では不快、憤りを指します。一言で言うと、やみはつらさを表します。このつらさは、兄弟を愛していないことによるものです。反対に、光にはつらさがありません。
ですから、私たちの心につらさを感じるとき、それは目に見える人を愛していないからです。神が言う愛とは、アガペー(無条件の愛)です。私たちが普段使う愛には、条件がついています。相手に条件をつけ、相手がそれを満たすときは愛し、満たさないときには憎みます。私たちは条件を満たさない相手が悪いと思っていますが、実は、条件をつけた自分が悪いのです。条件をつけなければつらくなることはないのです。神の命令は、無条件に愛することです。
ここで、私たちがなぜ条件をつけてしまうのか、考えましょう。私たちには、肉体のいのちと霊のいのちがあります。肉体のいのちは肉親によるもので、霊のいのちは神によるものです。霊の親である神との関係は、生まれながらに絶たれています。赤ちゃんが自分の母親がいないと不安になるように、霊の親が分からない私たちはみな、生まれながらに不安を持っています。自分が何者なのか、存在価値があるのかと、自分探しを始めます。自分の価値を見つけるために、必要なもの、それが条件です。自分や他人に、こうでなければならないという条件をつけ、それをクリアすれば自分に価値があると思い、安心します。しかし、いつも条件を満たすことができるわけではなく、また、私たちは次から次へと条件をつけるので、実は、いつまでも不安を抱えることになるのです。
クリスチャンである私たちは、教会に導かれ、霊の親と出会い、自分が神の前に変わらない価値を与えられていることを知り、もう自分探しをする必要がなくなりました。それなのに、私たちはつい、条件をつけてつらくなります。しかし、罪を犯しても、ゆるしてくださる方がいます。また、罪によって私たちの価値が変わることは決してありません。ですから、つらくなったなら、それを隠さず、正直に悔い改めればよいのです。
『あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」』(新約聖書 ヨハネの福音書 13:34,35)
これがヨハネが最も大切なこととして受けた命令であり、イエス様から私たち一人一人に対する命令です。条件をつけずに愛し合いなさい。良い行いをすることではなく、無条件の愛で人を愛する人、失敗してもどこまでもそれを目指す人、それがクリスチャンです。自分をダメだとするのは、自分に条件をつけているからですが、この思いを心に入れてはいけません。行いによっては何ら変わることない価値を与えられていることを心に刻み、無条件に愛することに心を用いていきましょう。 |