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2008年1月20日 礼拝メッセージ
幸いな日々を過ごすために
(新約聖書 ペテロの手紙第一 3章1〜12節)

『…妻たちよ。自分の夫に服従しなさい。たとい、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって、神のものとされるようになるためです。』(新約聖書 ペテロの手紙第一 3:1)


この箇所には、私たちが最も冒しやすい罪の実態が書かれています。まず1節に、御言葉に従わない夫であっても従いなさいとあります。私たちは相手がこうだったら従うという具合に、条件をつけてしまいます。これは妻から夫に対してだけでなく、すべての人に適用されます。そして神の言葉に対しても、「神様はこう言うけど、自分はこう思う」と従わないことがあるのではないでしょうか。


罪とは、神の言葉に従わないことです。けれどもすべての御言葉に忠実に従うことは不可能と言えるでしょう。人は罪深いのです。しかし、人は神に愛されている存在です。自分の罪を自覚し、神のあわれみを求めて、直そうとする人は神が成長させてくださいます。カギになるのは、自分自身に気付くことです。しかし人はなかなか自分自身に気付きません。


アダムとエバは神の言葉を無視して、食べてはならないと言われた木の実を食べました。その時、アダムは妻のせいにし、エバは蛇のせいにしました。自分が神の前にどうであったかということは、どこかへ行ってしまい、問題がすり替えられているのが分かるでしょうか。私たちは一人ひとり、神の前に照らされるのです。目をそむけず、自分の罪を認める人は、ゆるされ、成長していきます。


私たちが最も従いにくいことは、この箇所にあるように、条件を付けずに人を愛することです。そして、神は私たちの条件を外し、無条件に愛することができるよう、つくり変えようとしておられます。家庭は、それを学ぶ場なのです。


妻の無言の振る舞いによって…と書かれていますが、子供は妻の夫に対する態度によって権威を学びます。妻が夫に従っていれば、子供も権威に従うようになります。しかし、夫を軽んじ、ののしったり、陰で悪口を言ったりするなら、子供は権威を軽んじるようになります。それは神の権威に対する態度につながります。


『あなたがたは、髪を編んだり、金の飾りをつけたり、着物を着飾るような外面的なものでなく、むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。』(新約聖書 ペテロの手紙第一 3:3,4)


ここには権威に従う態度について、書かれています。それは外面を整えるよりも、内面を整えることです。私たちは他人に対して、不快感を与えないように、身づくろいをして外見を整えます。しかし、神は人に対して外見以上に、心を整えることが大切だと言われます。心を柔和で穏やかな霊によって整えるのです。それをまず、家の中で実行していきましょう。妻が夫に対して柔和で穏やかな心で接するなら、家庭全体がそのようになります。


『同じように、夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器であることをわきまえて妻とともに生活し、いのちの恵みをともに受け継ぐものとして尊敬しなさい。それは、あなたがたの祈りが妨げられないためです。』(新約聖書 ペテロの手紙第一 3:7)


女性は男性よりもハンディを持って作られました。しかし、神は男性にも女性にも、すべての者に最終的には同じものを与えられます。この地上には様々なハンディを持つ人がいます。また、人によってできることできないことが違います。しかし、それらとは一切関係なく、神は信じる人には同じ永遠のいのちを与えられるのです。ですから、夫は妻より権威が与えられていても、神から同じいのちの恵みを与えられる者として、妻をいたわり、尊敬しましょう。なぜ相手を尊敬することが、祈りを妨げないことになるのでしょうか。それは、祈りは人を愛することから生まれるからです。


『最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情しあい、兄弟愛を示し、憐れみ深く、謙遜でありなさい。悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。…』(新約聖書 ペテロの手紙第一 3:8,9)


心を一つにするとは、御言葉に従うことです。同情も間違った同情をしてしまえば、その人をだめにしてしまいます。可哀そうだからと本人にできることをやってあげしまうのは、甘やかすことであり、肉の同情です。私たちがすべき同情は信仰の同情であり、その人のために祈ることです。また、人はガミガミ言われるとガミガミ言い返してしまいがちです。侮辱されると侮辱し返します。しかし、私たちは侮辱されるべき存在ではありません。ですから、相手も侮辱してはいけません。


『「いのちを愛し、幸いな日々を過ごしたいと思う者は、舌を押さえて悪を言わず、くちびるを閉ざして偽りを語らず、悪から遠ざかって善を行い、平和を求めてこれを追い求めよ。
主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行う者に立ち向かう。」
もし、あなたがたが善に熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。』(新約聖書 ペテロの手紙第一 3:10〜13)



聖書は神が記した人間のマニュアルであり、信じる信じないにかかわらず、全ての人に対して真理です。ここに、幸いな日々を過ごすための秘訣が書かれています。


1.悪い言葉を語らない

悪い言葉を語れば、それを自分の耳が聴いているので、自分が落ち込みます。


2.嘘をつかない

社会において、偽装が次々に公にされ、排除されています。偽装は全て明るみに出されるものです。ですから、嘘をついて仕事をしている人は、いつそれが暴かれるかと恐れ、幸いな日々を送ることはできません。


3.悪から遠ざかる

人によって弱さが違いますが、自分の弱さを理解し、弱さを引き出すものから遠ざかる知恵が必要です。アルコール中毒の人は、お酒の誘惑に弱いからそうなったのですから、お酒に近づかないことを徹底する必要があります。


4.善をおこなう

良いことを行っている人に害を加えようとする人はそういません。ですから、善をおこなう人は保険を積み立てるようなもので、悪から守られます。


5.平和を求める

人と争わないで、和解を求めましょう。


以上の御言葉の個所から、私たちが従うべき具体的な事柄を学びました。まずは家庭において実践していきましょう。



神木イエス・キリスト教会


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