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2007年12月16日
初めにことばがあった
(新約聖書 ヨハネの福音書 1章1〜14節)

『初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。神から遣わされたヨハネという人が現われた。この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。

すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。』(新約聖書 ヨハネの福音書 1:1〜14)



すべての結果には、原因があります。私たちが今存在していることにも原因があります。そのことがこの箇所に書かれています。この方によってすべてが造られた。この方とはもちろんイエス・キリストをさしています。


イエス・キリストは1〜3節で「ことば」として表されています。その理由はことばの性質を見ると分かります。


1.神と人を結ぶパイプ

私たちはことばを通して神と交わります。神は私たちが語ることばをすべて聞いておられます。また、私たちは神のことばを聖書を通して受け取ります。


2.神のことばは残る

見える物はすべて滅びます。また、人が書いた言葉はその時は支持されても、廃れてゆきます。昔も今も変わらず残っている言葉は聖書です。聖書の言葉はいつの時代にあっても真理です。

また、イエス・キリストは4、5節では「光」として表されています。その理由は光の性質を見ると分かります。


1.闇を照らす

暗闇の中を歩けばつまずきます。私たちにとっての闇とは、罪です。自分の罪が分からなければ、つまずき倒れます。イエス・キリストは私たちの罪に気づかせるだけでなく、その罪を取り除いてくださいます。


2.目印となる

昔、航海する時は星を目印にしていました。人には進む方向を示す目印、目的が必要です。目的が分かっていれば、問題が起こってもそれを乗り越えてゆくことができます。すべての人は神が目的を持って造られました。自分の目的は何か、私たちは神に尋ね、それに向かって進んでいきましょう。


3.ぬくもりを与える

光は熱を持ちます。同じようにイエス・キリストの光は心に決して消えることのないぬくもりを与えます。人は愛されているか確かめようとします。そのためにいろんなことをします。ほしい物を手に入れる、誰かに自分のいうことを聞かせる、人と比べて自分が優れていると思って安心する・・・等。それはちょうどマッチの火のようで、一時的に暖かいのですが、すぐに消えてしまいます.ですから、人はさらに別の物を求め、愛を確認しようとするのです。


しかし、心にイエス・キリストを迎え入れた人は、神に愛されているというぬくもりをいつも持っています。ですから、他の物に求める必要がありません。それだけではなく、神の子としての特権が与えられています。それは永遠のいのちです。ことばが人となって私たちの間に住まわれたーそれがクリスマスです。私たちの罪をゆるし、生きる目的を与え、消えることのないぬくもりを与えるために来て下さったイエス様に心から感謝を持ってこのクリスマスを迎えましょう。



神木イエス・キリスト教会


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