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2007年11月11日
真実の火は消せない
(新約聖書 使徒の働き 28章)

パウロがローマへ移送される船が難破して、一行は泳いで近くの島にたどり着きました。その後の話です。


『こうして救われてから、私たちは、ここがマルタと呼ばれる島であることを知った。島の人々は私たちに非常に親切にしてくれた。おりから雨が降りだして寒かったので、彼らは火をたいて私たちみなをもてなしてくれた。』(新約聖書 使途の働き 28:1,2)


知らない土地の人々が一行に危害を加えることも考えられるのに、彼らは危害を加えるどころか、親切にもてなしてくれました。神は人がいくら心配しようと、先のことを配慮していてくださいます。私たちも先のことを心配せず、主に信頼していきましょう。


『パウロがひとかかえの柴をたばねて火にくべると、熱気のために、一匹のまむしがはい出して来て、彼の手に取りついた。島の人々は、この生き物がパウロの手から下がっているのを見て、「この人はきっと人殺しだ。海からはのがれたが、正義の女神はこの人を生かしてはおかないのだ。」と互いに話し合った。しかし、パウロは、その生き物を火の中に振り落として、何の害も受けなかった。島の人々は、彼が今にも、はれ上がって来るか、または、倒れて急死するだろうと待っていた。しかし、いくら待っても、彼に少しも変わった様子が見えないので、彼らは考えを変えて、「この人は神さまだ。」と言いだした。…』(新約聖書 使途の働き 28:3〜6)


島の人々は、パウロの手にまむしがとりついたのを見て、彼が罪人だから罰を受けたのだと思いました。私たちもとかくこういう発想をするのではないでしょうか。しかし、それが間違いであることがこの話からも分かります。


神はすべてのことを栄光に変えられます。神を信じるものは毒を飲んでも死ぬことがないと御言葉にあります。まむしにかまれるとか、毒を飲むということは現在はまずないことです。では、私たちにとってまむしにかまれるとは人からの中傷、迫害を受けることです。々はパウロがまむしにかまれたことで、彼のことを悪く言いました。しかし、パウロはそれに対して何も弁明しませんでした。


私たちは人から中傷を受けたとき、弁明しようとしないでしょうか。良く思われるためにあせって誤解を解こうとしないでしょうか。それは、私たちの目が人に向いているからです。しかし、私たちに必要なのは、人からの誤解を解くことではなく、神の前に正しく生きること、人を愛することです。


『ここで、私たちは兄弟たちに会い、勧められるままに彼らのところに七日間滞在した。こうして、私たちはローマに到着した。私たちのことを聞いた兄弟たちは、ローマからアピオ・ポロとトレス・タベルネまで出迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。私たちがローマにはいると、パウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許された。…』(新約聖書 使途の働き 28:14〜16)


ついにパウロはローマに到着します。そこで、クリスチャンの兄弟たちと会い、パウロは大いに励まされました。私たちにとっても、同じ主を信じる兄弟姉妹が必要です。私たちは集まるときに、互いを励まし合うようにしましょう。

パウロはなんとここで伝道の拠点が与えられます。ユダヤ人たちに糾弾され、殺されかかり、追われるようにしてたどり着いた先は、すばらしい神の栄光でした。ここでも神の深い計画を見ることができます。


『三日の後、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集め、彼らが集まったときに、こう言った。「兄弟たち。私は、私の国民に対しても、先祖の慣習に対しても、何一つそむくことはしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されました。ローマ人は私を取り調べましたが、私を死刑にする理由が何もなかったので、私を釈放しようと思ったのです。ところが、ユダヤ人が反対したため、私はやむなくカイザルに上訴しました。それは、私の同胞を訴えようとしたのではありません。このようなわけで、私は、あなたがたに会ってお話ししようと思い、お招きしました。私はイスラエルの望みのためにこの鎖につながれているのです。」すると、彼らはこう言った。「私たちは、あなたのことについて、ユダヤから何の知らせも受けておりません。また、当地に来た兄弟たちの中で、あなたについて悪いことを告げたり、話したりした者はおりません。私たちは、あなたが考えておられることを、直接あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派については、至る所で非難があることを私たちは知っているからです。」
そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。…』(新約聖書 使途の働き 28:17〜23)



ローマのユダヤ人たちはパウロについて噂で判断するのではなく、直接彼に聞きました。同じユダヤ人でも、ローマのユダヤ人たちは違いました。私たちも、疑わしきは、噂を鵜呑みにするのではなく、直接確認するようにしましょう。


『ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。「聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの先祖に語られたことは、まさにそのとおりでした。『この民のところに行って、告げよ。あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは、耳を傾けるでしょう。」
こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。…』(新約聖書 使途の働き 28:24〜31)



福音を信じたユダヤ人たちは、ローマでのキリスト教の基礎を作っていきます。そしてパウロは異邦人伝道を展開していくのですが、この後のことは聖書に書かれていません。その後の歴史を簡単に見ていきましょう。


その後、ローマに皇帝ネロが現れ、大迫害が起こります。この時にパウロやペテロが殉教したと言われています。さらなる大迫害が続き、キリスト教の火が消えかかったかのように見えました。しかし、313年、コンスタンチヌス1世によってキリスト教が公認され、392年にローマの国教となりました。しかし、その頃からローマはキリスト教を政治に利用し始めます。暗黒の時代と呼ばれる時です。その中でも純粋に信仰を持つクリスチャンもいました。そして、ルターが現れ、政治的に解釈された教理に疑問を投じる質問状を提出し、それに賛同する人たちが現れます。


そのような時代を経て、さらなる信仰の自由を求めた人たちが新大陸へ渡り、アメリカ合衆国を建国しました。アメリカは色々な問題があるにせよ、キリスト教においては多くの宣教師を世界中に派遣し、宣教団体をサポートするなど世界に対して多大な貢献をしています。私たち日本のクリスチャンもその恩恵を受けています。


キリスト教が今日に至るまで、どんなに迫害を受けてもその火が消えることなく、広がり続けてきました。それは、真実の愛が人にとって不可欠なものだからです。それを与えることができるのは神だけであり、どんな迫害も、人の作ったイデオロギーも、神の真実な愛を消すことはできませんでした。パウロが最も力を入れて伝えたのは、イエス・キリストの復活の真実です。それを信じられるかということは、人にとって大きな違いを生みます。イエスさまが復活されたからこそ、私たちは希望を持つことができるのです。神が私たちに真実の愛を示してくださったことを感謝し、主の前に正しく歩んでいきましょう。




神木イエス・キリスト教会


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