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2007年10月21日
神からの学習
(新約聖書 使徒の働き 25章)

パウロがユダヤ人たちから訴えられ、ローマによって拘束されてから2年が経ち、この箇所でも未だ釈放されず、裁判が長引いている状況にあります。ローマへ行って福音を伝えることは、神がパウロに命じたことであり、それに向かって進んでいるはずなのですが、見える状況はさらに複雑になり、なかなかローマ行きが見えてきません。神はなぜパウロをこのように待たせているのでしょうか。前回は拘束されていた期間に聖書を書くことができたという話をしましたが、それだけではなく、この期間は神がパウロを教育する時でもありました。神は彼がローマですべきことをすべてご存じでした。そのために彼の内側を備える必要があったのです。彼はこの時に学んだことを書き記し、それが聖書として残っています。


『乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。』(新約聖書 ピリピ人への手紙 4:11〜13)


彼がこの困難の時に学んだことは、次のことです。


1. 満ち足りること

困難な状況であるほど、私たちは本物を知ることができます。何が本当に心を満たすものか、見分けるのです。私たちの罪をイエス様が十字架にかかって赦してくださり、私たちは救われ、永遠のいのちを与えられました。これに勝る愛はありません。しかしそのことを忘れると、私たちは満足を忘れます。


2. 神の力

困難なとき、私たちは自分に何ができるかを考え、自分の能力を用いて何とかしようとします。それはよいのですが、つい祈ることを忘れ、神抜きに事を行なおうとしてしまいます。自分の手に負えない出来事にぶつかったとき、私たちは祈らざるを得ません。神に頼るなら、神から力を与えられることを知ります。

自分の力を捨てることを、もっと具体的に示すなら、ごめんなさいが言えるということです。自分が悪かったと認めることは勇気がいります。しかし、神の助けによって悔い改め、神の力に押し出されるなら、私たちは本当の強さを持つのです。


3.忍耐

『あなたがたは、光に照らされて後、苦難に会いながら激しい戦いに耐えた初めのころを、思い起こしなさい。人々の目の前で、そしりと苦しみとを受けた者もあれば、このようなめにあった人々の仲間になった者もありました。あなたがたは、捕えられている人々を思いやり、また、もっとすぐれた、いつまでも残る財産を持っていることを知っていたので、自分の財産が奪われても、喜んで忍びました。ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 10:32〜36)

忍耐することは、確信を投げ捨てないことです。確信とは神がともにおられるという確信です。私たちはいつまでも残る財産を神から与えられ、今持っています。そして、神がいつも私たちとともにおられます。神のご計画が行なわれるために必要なのは忍耐です。

神は私たちが困難な状況の中で、神の愛に満ち足り、神の力に頼り、忍耐して待ち望むとき、必要な励ましを与えてくださいます。



神木イエス・キリスト教会


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