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2007年7月15日
筋を通したパウロ
(新約聖書 使徒の働き 16章16節〜40節)

ある女占い師が、パウロたちが行く後をついて、パウロたちのことを宣伝するので、彼は困り果て、彼女から悪霊を追い出しました。すると彼女から悪霊が即座に出て行き、彼女はもはや占いができなくなったので、彼女の主人たちはパウロたちに怒りを燃やし、言いがかりをつけて長官に引き渡し、パウロとシラスは厳しく罰せられ、牢に入れられました。


そこでの彼らは、言われなき罪で牢に入れられたことに対し、怒ったりつぶやいたりせず、神に祈りつつ賛美をし、囚人たちも聞き入っていたとあります。このことを通し、どんな状況の中でも賛美することを教えられます。問題が起こると私たちは願いや訴えることをまずします。しかし気をつけなければなりません。サタンはいつも私たちが脇道に逸れ、大切でないことに目を留めるようにします。賛美を捧げることが、神様と私たちの関係の基本です。どのような状況の中でも主を信頼し、賛美を捧げているのならずれることはありません。

『ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。目をさました看守は、見ると、牢のとびらがあいているので、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる。」と叫んだ。看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏した。そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言った。ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。それから、ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。』(新約聖書 使徒の働き 16:26〜34)


以前、ペテロも御使いによって牢から助け出されました。今回は地震によって、パウロは牢から解かれました。しかし、彼は自分の身を顧みず、自害しようとしている看守を助けました。その結果、看守とその家族が救われました。ここに「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と語られていますが、これは人がイエス様を信じれば、自動的に家族も救われるということではありません。これはこの人に語られた言葉であり、彼はそれを信じて家族に対して行動したので、家族も救われました。ですからこの御言葉は、人が救われたらその家族にも救いのチャンスが訪れるという意味です。


『夜が明けると、長官たちは警吏たちを送って、「あの人たちを釈放せよ。」と言わせた。そこで看守は、この命令をパウロに伝えて、「長官たちが、あなたがたを釈放するようにと、使いをよこしました。どうぞ、ここを出て、ご無事に行ってください。」と言った。ところが、パウロは、警吏たちにこう言った。「彼らは、ローマ人である私たちを、取り調べもせずに公衆の前でむち打ち、牢に入れてしまいました。それなのに今になって、ひそかに私たちを送り出そうとするのですか。とんでもない。彼ら自身で出向いて来て、私たちを連れ出すべきです。」警吏たちは、このことばを長官たちに報告した。すると長官たちは、ふたりがローマ人であると聞いて恐れ、自分で出向いて来て、わびを言い、ふたりを外に出して、町から立ち去ってくれるように頼んだ。牢を出たふたりは、ルデヤの家に行った。そして兄弟たちに会い、彼らを励ましてから出て行った。』(新約聖書 使徒の働き 16:35〜40)


ここに「ローマ人」とありますが、ユダヤ人であるパウロは、ローマの市民権を持っていました。そのため「ローマ人」と名乗ることができたのです。彼は、以前ローマの属国ユダヤにおいてはエリート官僚とも呼べる立場で、キリスト教を迫害する急先鋒に立っていたので、ローマにとって有益な人物だとして、市民権を与えられていたのでした。


釈放された彼らは、長官の責任を問います。このことは「ゆるしなさい」という教えに反しないかと思われるかもしれません。しかし思い違いをしてはいけません。「ゆるす」ことと「甘やかす」ことは別です。「ゆるす」というのは、さばかず憎まないことですが、責任をうやむやにすることではありません。過ちを犯せば、責任をとらなくてはなりません。「甘やかす」とはその責任をうやむやにすることであり愛ではありません。親子関係を見ればわかりやすいことですが、親は子が求めることをすべて与えることはしません。もしそうすれば子がダメになることを知っているからです。親は子にとって必要と思うことを与え、そうでないことは我慢させます。その判断の基準はその子の成長です。愛と甘えを混同してはいけません。


パウロたちは長官をすでにゆるしていますが、その過ちに対する責任を帳消しにするのではなく、長官が過ちの責任をとることで、彼が成長するとともに、今後同じ過ちによって傷つく人が出ないようにという配慮もしているのです。


改めて、ここでパウロがローマ市民権を持っていたことに注目したいと思います。彼がローマ市民権を持っていたことが、その後のヨーロッパ伝道の助けになったことは言うまでもありません。彼はキリスト教を迫害していましたが、その期間も神様は無駄にせず、世界宣教のための備えをしておられたのです。神様は、私たちを用いるための備えもしておられます。私たちの経験、能力、境遇、その他のものが用いられる時が来ます。その時、神様の計画の深さを私たちは思い知るのです。



神木イエス・キリスト教会


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