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2007年6月24日
エルサレム会議
(新約聖書 使徒の働き 15章1節〜21節)

『さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない。」と教えていた。そしてパウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバと、その仲間のうちの幾人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。』(新約聖書 使徒の働き 15:1,2)


イエス様の昇天後、弟子たちが聖霊を受け、ユダヤ人以外の異邦人が救われる。こういった一連の出来事の中で、ユダヤ人にとって救いの捉え方が大きく変わっていきました。それまではユダヤ人にとって「律法を守る者が救われる」のであって、「救いはユダヤ人だけのもの」であったので、イエス様によって与えられた「信仰による救い」と当時あちこちで起こった「異邦人の救い」は衝撃的なことでした。そんな中で、信仰による救いや異邦人の救いを認めつつも、古い考え方や習慣を捨てきれないユダヤ人たちがいました。そこで、使徒たちは救いの認識をクリスチャンの間で統一させるべく、話し合いの場を持つことにしました。それがここにあるエルサレム会議です。


エルサレム会議はキリスト教の大きな流れを作った出来事です。救いの考え方が大きく変わる―パラダイムシフトが起こったわけです。パラダイムシフトとは、今までの考え方を断ち切って新しい考え方を採用していくことですが、これがあったからこそ、キリスト教は大きく成長していったと言えます。そして、私たちの人生にもパラダイムシフトが必要です。私たちは過去からの連続で生きているので、古い習慣、考え方を持っています。しかし、イエス様との新しい歩みで、罪の赦しだけでなく、古い習慣や考え方を断ち切り、新しい考えを持つことができるのです。それによって私たちは成長していきます。

カギとなるのは聖書の言葉です。聖書の言葉を受け入れることによって、私たちは自分の凝り固まった考えから解放され、神様の御心を知るようになり、成長していきます。その例として3つの御言葉を紹介します。


『私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。』(新約聖書 エペソ人への手紙 2:10)


自分は神様が造った作品である。それは、神様が私たちを理由あって目的を持って作られたということです。その事実を受け入れるとき、人生の捉え方が変わります。「自分が何をしたいか」から「神様は自分に何をして欲しいのか」を探り求めるようになるのです。


『私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。』(新約聖書 ヤコブの手紙 1:2〜4)


誘惑と試練は違います。誘惑は人が自分の欲におびき寄せられるもので、試練は神様が私たちの成長のために与える予期せぬ出来事です。予期せぬ問題が降りかかったら、これまではただつらいだけで終わったかもしれません。しかし、この御言葉によって、試練には神様の深いご計画があり、私たちに忍耐を学ばせ、成長させるものだと知り、喜ぶことができるのです。


『「つまずきの石、妨げの岩。」なのです。彼らがつまずくのは、みことばに従わないからですが、またそうなるように定められていたのです。』(新約聖書 ペテロの手紙第一 2:8)


心がつらくなるとき、私たちはよく誰かのせいにします。しかし、つらい本当の理由は自分が相手を愛していないからです。つまり「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」という御言葉に従っていないから、心がつらくなるのです。心のつらさは御言葉に従っていないから。これは明確であり、私たちは誰のせいにもできません。誰かのせいにして問題をすり替えてはいけません。「相手のせいにする」という考え方から「自分が御言葉にしたがっていないからだ」という考え方へのパラダイムシフトができるとその人は大きく成長します。

さて、エルサレム会議において、使徒たちは救いに関する神の御心がどこにあるのかを3つのことから検証しました。それを順番に見ていきましょう。


1.現実に起こったみわざ

『彼らは教会の人々に見送られ、フェニキヤとサマリヤを通る道々で、異邦人の改宗のことを詳しく話したので、すべての兄弟たちに大きな喜びをもたらした。エルサレムに着くと、彼らは教会と使徒たちと長老たちに迎えられ、神が彼らとともにいて行なわれたことを、みなに報告した。』(新約聖書 使途の働き 15:3,4)

パウロとバルナバは集まった人々に、彼らが目にした異邦人の救いのことを詳しく話しました。


2.神が立てた権威は何と言うか

『激しい論争があって後、ペテロが立ち上がって言った。「兄弟たち。ご存じのとおり、神は初めのころ、あなたがたの間で事をお決めになり、異邦人が私の口から福音のことばを聞いて信じるようにされたのです。そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、あの人たちもそうなのです。」
すると、全会衆は沈黙してしまった。そして、バルナバとパウロが、彼らを通して神が異邦人の間で行なわれたしるしと不思議なわざについて話すのに、耳を傾けた。』(新約聖書 使途の働き 15:7〜12)


使徒たちのリーダーであるペテロは、すでに神様の御心を教えられていました。彼らはペテロの発言を聞き、沈黙してしまったとありますが、彼らは神が立てた権威を尊重し、聞き従いました。教会においては、権威に従うという秩序が大切です。


3.御言葉

『ふたりが話し終えると、ヤコブがこう言った。「兄弟たち。私の言うことを聞いてください。神が初めに、どのように異邦人を顧みて、その中から御名をもって呼ばれる民をお召しになったかは、シメオンが説明したとおりです。預言者たちのことばもこれと一致しており、それにはこう書いてあります。『この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである。大昔からこれらのことを知らせておられる主が、こう言われる。』そこで、私の判断では、神に立ち返る異邦人を悩ませてはいけません。』(新約聖書 使途の働き 15:13〜19)


最後にヤコブが御言葉から神様の御心を検証し、神様が信仰によってユダヤ人も異邦人も救うという御心を持っておられることに間違いないことを宣言します。ここで人々は議論をやめました。3つのことから、神様の御心を確かなものとして認識できたのです。この決定は今日も変わっていません。私たちは自分についての物事も、自分の損得ではなく、神様の御心がどこにあるかという観点から決定する必要があります。起こっている状況を冷静に見て、必要に応じて教会の牧師先生や教職者に相談をし、御言葉に聞いて決定していきましょう。



神木イエス・キリスト教会


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