メッセージ集TOPへ
2007年3月18日 礼拝メッセージ
失敗
(新約聖書 使徒の働き 7章19節〜43節)

ステパノの話はさらにモーセに及びます。モーセはイスラエル人として生まれましたが、エジプトの王の娘に育てられます。後にイスラエル人をエジプトから脱出させる指導者となる彼ですが、そこに至るまでに、失敗を繰り返し、神によって砕かれ、整えられていきました。今回はモーセとイスラエル人の失敗を通して神のメッセージを学んでいきます。

今回の箇所から失敗の原因を見ることができます。それは次の3つのことです。


1.傲慢

『四十歳になったころ、モーセはその兄弟であるイスラエル人を、顧みる心を起こしました。そして、同胞のひとりが虐待されているのを見て、その人をかばい、エジプト人を打ち倒して、乱暴されているその人の仕返しをしました。彼は、自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられることを、みなが理解してくれるものと思っていましたが、彼らは理解しませんでした。』(新約聖書 使徒の働き 7:23〜25)


傲慢とは具体的にどういう事かというと、神にではなく人に理解を求める態度です。モーセはイスラエル人たちが自分を指導者として理解してくれると思いました。ここに誤りがありました。私たちは人から認められるために見えるものに自分の価値を置こうとします。高価な物を持ったり、良い肩書きを持とうとしたりするなど、人から自分の価値、目標、生き甲斐を求めます。しかしそれは本質を無視しています。私たちは誰によってつくられたのでしょうか。人ではなく神です。今こうして生きているのは神の恵みであり、また神はもともと私たちを価値ある作品としてつくられたのです。人が人の価値を決める必要も意味もないのです。

また、自分の思いを神に正直に言わないことも傲慢です。自分の力ですべてうまくやっていけると思って、本音を隠してしまうのですが、神に隠すとうまくいきません。


2.逃げた

『翌日彼は、兄弟たちが争っているところに現われ、和解させようとして、『あなたがたは、兄弟なのだ。それなのにどうしてお互いに傷つけ合っているのか。』と言いました。すると、隣人を傷つけていた者が、モーセを押しのけてこう言いました。『だれがあなたを、私たちの支配者や裁判官にしたのか。きのうエジプト人を殺したように、私も殺す気か。』このことばを聞いたモーセは、逃げてミデアンの地に身を寄せ、そこで男の子ふたりをもうけました。』(新約聖書 使徒の働き 7:26〜29)


モーセは自分がイスラエル人から分かってもらえないことを見て、つらくなり、逃げました。私たちが感じるつらさは二重構造になっています。人から分かってもらえないといったつらさは表面的な出来事であり、つらさの本当の理由は私たちの内面にあります。表面的な出来事は、内面の問題が明らかになるきっかけにすぎません。内面の問題とは、心が神に向いていないことです。実は、私たちがつらくなるときはいつも、その原因は私たちが神に向いていないからだと言えます。心が神に向いているなら、外側がどんな状況であろうと、心に平安があるのです。ですから、表面的な問題の解決ではなく、心の問題の解決が本当の解決なのです。逃げずに神の前に自分の心を素直に告白しましょう。


人間関係がうまくいかないとき、私たちは問題の原因と思う相手を力ずくで変えようとしがちです。しかし、それでは解決しません。力を抜いて、神に委ねるとき、相手のために祈るとき、心に平安が来ます。ペテロはイエス様に来なさいと言われて、湖の上を歩きました。しかし、イエス様から目を離した瞬間、おぼれかかりました。これは象徴的な出来事です。私たちは問題が起こるととかく自力で何とかしようとするのですが、私たちはイエス様を離れては何もできません。なぜなら、私たちはイエス様のいのちとつながっているからです。

問題の中であがいてどうして良いか分からなくなっている人もいるかもしれません。そういうときはいつでも基本に戻りましょう。私たちにとっての基本とは礼拝です。神に賛美し、祈り、御言葉を受け取ること、そこに戻るだけです。私たちにはいろいろな能力があって、つい手を出してうまくいかないと落ち込んだりしますが、私たちは本来礼拝するために作られたものであって、礼拝できればそれでよいのです。その他のことは単に付け足しであって、それができてもできなくても私たちの価値は左右されません。

逃げてしまったモーセはすべてを失い、荒野での40年間で自分には何の力もないことを悟ります。神はそれを待っていたのでした。そして、彼を再びエジプトへ遣わし、イスラエル人を救う神のご計画を成し遂げられたのです。


3.つぶやき

『ところが、私たちの先祖たちは彼に従うことを好まず、かえって彼を退け、エジプトをなつかしく思って、『私たちに、先立って行く神々を作ってください。私たちをエジプトの地から導き出したモーセは、どうなったのかわかりませんから。』とアロンに言いました。そのころ彼らは子牛を作り、この偶像に供え物をささげ、彼らの手で作った物を楽しんでいました。そこで、神は彼らに背を向け、彼らが天の星に仕えるままにされました。預言者たちの書に書いてあるとおりです。『イスラエルの家よ。あなたがたは荒野にいた四十年の間に、ほふられた獣と供え物とを、わたしにささげたことがあったか。あなたがたは、モロクの幕屋とロンパの神の星をかついでいた。それらは、あなたがたが拝むために作った偶像ではないか。それゆえ、わたしは、あなたがたをバビロンのかなたへ移す。』』(新約聖書 使徒の働き 7:39〜43)


モーセの導きに従ってエジプトから脱出したイスラエル人たちは、荒野で不安になり、つぶやきました。そして、エジプトにいた頃を懐かしみ、昔に返りたがり、また偶像をつくって拝み始めました。神はそれに対して怒られます。それは、つらいときこそ神の恵みを受けるチャンスだからです。つらいときは、自分の弱さを悟り、神に心を向けるときです。しかし、傲慢な心が神と私たちを隔てます。有名な山上の垂訓で、イエス様はまず最初に「心の貧しい者は幸いです。悲しむ者は幸いです。」と言われました。それは、つらさを味わっている人が恵みを知るからに他なりません。


私たちは皆、つらいことにぶつかります。それは神が私たちに恵みを与えたいからです。その恵みは、神と向き合うことで与えられます。私たちはモーセのように傲慢であり、逃げてしまい、イスラエル人のようにつぶやいて失敗したかもしれません。しかし、そこからまた神に向かうことで、恵みを知ることができます。私たちの人生において、すべての問題は神との関係の問題です。ですから、どんな状況においても神のもとに行くこと、そこに答えがあります。



神木イエス・キリスト教会


神奈川県横浜市青葉区新石川4-22-7
電話:045-914-5455 ファックス:045-914-5508
Email:info@shiboku.net

| HOME | 教会紹介 | 集会案内 | 会堂紹介 | 地図 | メッセージ集 | NOAHの活動 | ENGLISH |