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2007年3月11日 礼拝メッセージ
ヨセフの信仰から−苦難も栄光に−
(新約聖書 使徒の働き 7章9節〜18節)

『族長たちはヨセフをねたんで、彼をエジプトに売りとばしました。しかし、神は彼とともにおられ、あらゆる患難から彼を救い出し、エジプト王パロの前で、恵みと知恵をお与えになったので、パロは彼をエジプトと王の家全体を治める大臣に任じました。ところが、エジプトとカナンとの全地にききんが起こり、大きな災難が襲って来たので、私たちの先祖たちには、食物がなくなりました。しかし、ヤコブはエジプトに穀物があると聞いて、初めに私たちの先祖たちを遣わしました。二回目のとき、ヨセフは兄弟たちに、自分のことを打ち明け、ヨセフの家族のことがパロに明らかになりました。そこで、ヨセフは人をやって、父ヤコブと七十五人の全親族を呼び寄せました。ヤコブはエジプトに下り、そこで彼も私たちの先祖たちも死にました。そしてシケムに運ばれ、かねてアブラハムがいくらかの金でシケムのハモルの子から買っておいた墓に葬られました。神がアブラハムにお立てになった約束の時が近づくにしたがって、民はエジプトの中にふえ広がり、ヨセフのことを知らない別の王がエジプトの王位につくときまで続きました。』(新約聖書 使徒の働き 7:9〜18)


前回からステパノの議会での弁明が続いていますが、アブラハムから始まり、今度はヨセフについて言及しています。ヨセフの生涯は、イエス・キリストの生涯とも重なります。ヨセフは数々の苦難に遭い、もうだめかと思われるような状況に追い込まれますが、神様はそれらをすべて栄光に変えられました。また、イエス様が十字架につけられて、もう終わりかのように見えました。しかし、それによって私たちは罪をゆるされ、イエス様は3日目に復活し、私たちは永遠のいのちを与えられました。苦難は栄光に変えられるという神様の法則を私たちは見ることができます。


しかし、苦難のとらえ方を間違えると、苦難は苦難のままで終わってしまいます。ヨセフは自分に降りかかる出来事をどのように捉えていたのでしょうか。まず、私たちがどのように物事を受け止め、消化していくのか、体の仕組みにたとえて説明します。


私たちは食べ物を選び、摂取し、体が消化していきますが、選んだ食べ物が体にとって正しいものであったかは、消化した後にあらわれる体調で分かります。間違ったものを食べればうまく消化できず、体調不良になります。同じように、私たちは心にも食べ物を食べさせています。苦難にあうときも心に良いものを食べれば心は平安ですが間違ったものを食べると、苦難はうまく消化されず、苦難のまま終わります。多くの場合、苦難にあうと、怒り、落ち込み、つぶやきといった間違ったものを心に食べさせて消化不良を起こし、苦難はそのまま残ってしまうのです。ではヨセフは心にどんなものを食べさせていたのでしょうか。


1.信仰を語る

ヨセフは「夢見る人」とも言われたように、いつも信仰の言葉を語りました。問題が起きたとき、私たちの前には2つのドアがあります。それは人を責めるドアと、信仰を語るドアです。人を責めるドアを開けると、一時的に心が慰められるかもしれませんが、すぐに怒りや憎しみといった悪い思いで心はぐちゃぐちゃになります。信仰を語るドアは、一見みすぼらしく、魅力を感じないかもしれません。しかし、そちらを選ぶなら、心が守られます。


2.つぶやかない

ヨセフは兄たちに売られたときも、濡れ衣を着せられたときも、同じ囚人を助けたのに忘れ去られたときも、決してつぶやきませんでした。つぶやかないことは、裏を返せば感謝していると言うことです。「感謝」という良い食べ物を食べれば、良い結果が訪れます。しかし、「つぶやき」といった悪い食べ物を食べれば、悪い結果をもたらし、さらに悪いものを食べるという悪循環に陥ります。


3.人々を愛する

ヨセフは自分を売った兄弟たちが自分に助けを求めに来たとき、仕返しをしようとは全く考え及ばず、むしろ歓迎し、手厚くもてなしました。彼がそのようにできたのは、普段から人を愛する生き方を実行してきたからでした。


私たちは苦難にあったとき、何を食べてきたでしょうか。間違ったものを食べていたなら、正しいものに変えましょう。神様は苦難を栄光に変える方です。そのことを信じるなら、すべての出来事を感謝することができます。つぶやかず感謝することを始めていきましょう。



神木イエス・キリスト教会


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