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2006年1月1日 礼拝メッセージ
神様からの知恵と知識
(旧約聖書 歴代誌II 1章7節〜12節より)

『その夜、神がソロモンに現われて、彼に仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」ソロモンは神に言った。「あなたは私の父ダビデに大いなる恵みを施されましたが、今度は父に代わって私を王とされました。そこで今、神、主よ、私の父ダビデになさったあなたの約束を堅く守ってください。あなたは、地のちりのようにおびただしい民の上に、私を王とされたからです。
今、知恵と知識を私に下さい。そうすれば、私はこの民の前に出はいりいたします。さもなければ、だれに、この大いなる、あなたの民をさばくことができましょうか。」
神はソロモンに仰せられた。「そのようなことがあなたの心にあり、あなたが富をも、財宝をも、誉れをも、あなたを憎む者たちのいのちをも求めず、さらに長寿をも求めず、むしろ、私があなたを立てて私の民の王としたその民をさばくことができるようにと、自分のために知恵と知識を求めたので、その知恵と知識とはあなたのものとなった。そのうえ、私はあなたの前の、また後の王たちにもないほどの富と財宝と誉れとをあなたに与えよう。」』(旧約聖書 歴代誌II 1:7〜12)



神様から何を与えようと言われ、ソロモンは知恵と知識を求めました。そのことに神様は感銘を受け、彼に知恵と知識を与え、その他の全てのものを与えられました。では、神様が私たちに求めてほしい知恵と知識とはどういうものなのでしょうか。


『このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。』(新約聖書 コロサイ人への手紙 2:3)

『あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。』(新約聖書 ヤコブの手紙 1:5)


ここで、知恵と知識を「宝」と表現されています。また、神に求めなさいと書かれています。聖書で言う知恵と知識とは次の3つのことを表します。


1. 進むべき道を知ること

私たちがどの道を選択すればいいのか、神様の知恵はそれを示します。神様の知恵を与えられている人は、選択を誤ることはありません。神様の知恵はビジョン、幻という言葉でも表されます。「幻のない民は滅びる」という聖句もありますが、私たちが道を進む時、ビジョンがあればどこへ進めばよいのか分かるのです。聖書で言うビジョンは世の中の目標とは違います。世の中の目標は、自分の願望を達成することですが、聖書のビジョンは神様の計画を達成することです。神様が私たちに用意しておられる道を見出し、それにむかって進むのです。それがなければ、むなしいのです。ビジョンとは自分の願望ではなく、神の御心です。神様の御心は心の内に願いとして起こります。願いが起きた時、それが神の御心か自分の願いか判断するのは難しいことです。ですから、願いが来たらそれに向かって進むと、そのうちに神の御心ならば神様が助けて下さり、自分の願いであったなら、それが分かります。とにかく前へ進むなら判断できます。神様の御心を知ること、それが神の知識です。


2.問題を解決する道を知ること

私たちは人生の中で問題に出会いますが、そのたびに神様はいつも解決の道を用意しておられます。それを信じることが神様の知恵です。

『あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。』(新約聖書 コリント人への手紙I 10:13)

神様は必ず助けて下さいます。しかしその秘訣があります。それは次の3つです。

@ 感情をおさめる
問題にぶつかった時に怒ったりすることは解決に至りません。
A 脱出の道があることを信じ続ける
B 基本に立ち返る


3.自らを知る道

問題にぶつかる時、進むべき道を探る時、自分自身と向き合わざるを得ません。問題にぶつかると、まじめな人ほど自分を責める傾向にあります。

『ペテロはイエスに言った。「決して私の足をお洗いにならないでください。」イエスは答えられた。「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません。」』(新約聖書 ヨハネによる福音書 13:8)


イエス様が弟子達の足を洗おうとされた時、ペテロはそれを拒みました。彼は自分の先生に自分の一番汚いところを洗ってもらうなど、とんでもないと思いました。それは私たちにもよく分かることです。私たちは自分の汚い部分を人には見せたくないと思い、隠そうとします。しかし、イエス様は、もしあなたの足を洗わなければあなたと何の関係もないと言われました。師匠と弟子の関係は、弟子が師匠によく仕えることができ、師匠に認められることが良い関係なのだと私たちは錯覚しがちです。しかしイエス様と私たちの関係はそうではありません。私たちが自分の最も汚い部分、弱い部分をイエス様に見せ、イエス様に赦され、扱われ、変えられることで、イエス様との関係ができるのです。人に見せたくない部分に、実は宝があるのです。弱い部分をイエス様から隠しているから、私たちは弱いのです。しかし、そこに宝があることに気づき、イエス様の前に差し出していくなら、私たちは本当に強くなります。自分の弱いところこそ、神様と私たちを結ぶパイプなのです。そのことに気づくことが神様の知恵です。



神木イエス・キリスト教会


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