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2005年9月25日 礼拝メッセージ
なぜパリサイ人達は信じなかったのか
(新約聖書 ルカによる福音書 7章18〜35節)

『その人こそ、『見よ、わたしは使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を、あなたの前に備えさせよう。』と書かれているその人です。あなたがたに言いますが、女から生まれた者の中で、ヨハネよりもすぐれた人は、ひとりもいません。しかし、神の国で一番小さい者でも、彼よりすぐれています。』(新約聖書 ルカによる福音書 7:27,28)


ヨハネは彼の弟子をイエス様のもとへ遣わし、イエス様が本当に約束された救い主であるかを確認します。イエス様はそのやりとりに続いて、ヨハネについて語られます。ヨハネは上の聖句の通り、救い主の道を備えるために遣わされる者として預言されていた人物です。神様に用いられるために特別に聖別されていました。そして、イエス様はヨハネのことを人類の中で最も優れた人物だと語られます。


注目すべきはそれに続く言葉です。神の国ではすべての人が彼よりも優れている、つまり彼は一番劣っているということでしょうか。イエス様がいわんとしているのは、神の国では比較の見方をしないということです。世の中では常に比較します。しかし神の国は比較ではなく恵みによってものを見るのです。神様はこの地上においても私たちが神の国の物の見方をするように望んでおられます。私たちは一人一人神様が造られた作品であり、それ以上でもそれ以下でもありません。


『ヨハネの教えを聞いたすべての民は、取税人たちさえ、ヨハネのバプテスマを受けて、神の正しいことを認めたのです。これに反して、パリサイ人、律法の専門家たちは、彼からバプテスマを受けないで、神の自分たちに対するみこころを拒みました。』(新約聖書 ルカによる福音書 7:29,30)


ヨハネが語ったメッセージを受け入れ、罪を悔い改めてバプテスマを受けたのは、多くの貧しい人たち、罪人と呼ばれる人たちでした。いわば世の中から嫌われるような人たちでした。一方、世の中では尊敬を受けていたパリサイ人、律法学者達はヨハネのメッセージを受け入れず、バプテスマを受けませんでした。彼らは神であるイエス様の言葉を直接聞き、死人のよみがえりといった奇蹟を目の当たりにしても、福音を拒みました。それはなぜだったのでしょうか。それは、パリサイ人達の心に問題があったからです。ここでは3つの問題点があげられます。それらの問題点は、私たちにも当てはまることです。彼らの問題を通し、自分自身を知り、軌道修正していきましょう。


1.かたくなさ

人はものを見たいように見、聞きたいように聞くものです。特にその傾向が強い人はかたくなな人と言えるでしょう。しかし、どんな人も多かれ少なかれそのようにしているものです。見聞きしたことが、自分に理解できないことだと、どんな事実をつきつけられても信じません。人は相手の言葉を正しく理解していません。


2.欲

人は比較の世界に生きています。ですから、周りから認められたいという欲を持っています。律法学者達のように頭の良い人たちは特に、称賛を受けて当たり前のような感覚で、称賛を受けないと納得しないところがあり、ますます認められたいという欲求が加速するのです。


3.自己防衛本能

人はみな、自分を守ろうとする本能があります。ことに、自分の本当の姿(罪人の姿)を隠そうとします。パリサイ人達は行いが立派で、御言葉を実行しているように見えましたが、実は本質的には実行していないことをイエス様は見抜いておられました。私たちも実は同じような物を持っているのです。イエス様は私たちの行いではなく、心を問題にされるからです。立派でもない自分をすべて認めて悔い改めることが第一歩です。


以上、3つの罪の本質を見てきましたが、これらを受けて自分自身のことを顧み、自分自身をさらに知ることを通し、神様の恵みをより深く知るようになります。ですから、自分を知ることは恐いことではありません。神様への感謝となるのです。イエス様は神の国は幼な子のものと言われました。私たちは子どものような素直な心で神様の言葉を受け入れ、自分自身をよく知り、パリサイ人達の過ちを繰り返さないようにしましょう。



神木イエス・キリスト教会


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