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2004年12月5日 礼拝メッセージ
神の訓練
(新約聖書 ヘブル人への手紙 12章後半)

『そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:5)


ここで「子供に対するように語られたこの勧め」とあるとおり、これから語られることは、私たちに対する励ましであることを忘れてはなりません。主の「懲らしめ」とは、ただいたずらに苦しめることではなく、訓練です。訓練は、それを受けている時は喜ばしいものではなく、悲しく思われる出来事ですが、神様があえて訓練を与えるのには理由があります。それは次の3つの理由です。


1.神様は私たちを愛しておられるから。

『主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:6)


2.神様は私たちの親だから。

『訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:7)


3.私たちをきよくするため

『すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:11)

私たちの心の奥底にある願望とは何でしょうか。それは平安を得ることです。神様はそれを与えるために私たちを訓練するのです。目標に向かって走っているとき、つらい出来事といった障害があると足が止まってしまいます。しかし、つらい出来事は止めるためではなく、訓練するためのものです。

『ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。また、あなたがたの足のためには、まっすぐな道を作りなさい。足なえの人も関節をはずすことのないため、いやむしろ、いやされるためです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:12,13)

つらい出来事にぶつかると、私たちは臆病になり、心が弱ってしまいます。しかし、神様はここで、あきらめないで進み続けるよう励ましておられます。それは、進むことによっていやされるからです。

『すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:14)

きよくなるとは、具体的にどういうことを指すのでしょうか。

1. 信仰のきよさ

神様が教える信仰、つまり行いではなく恵みに生きること、聖書を基準としてものを見ることです。


2. 心のきよさ

『そのためには、あなたがたはよく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように、また、苦い根が芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりすることのないように』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:15)

苦い根が、私たちの心を汚します。苦い根とは、憤りです。この根を抜かないと、人も自分も苦しみます。この憤りの根を出さないことが、心の強さと言えるでしょう。


3. 行いのきよさ

『また、不品行の者や、一杯の食物と引き替えに自分のものであった長子の権利を売ったエサウのような俗悪な者がないようにしなさい。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:16)

不品行、俗悪なことを避けることです。

神様が言われる「聖さ」とは、この3つのきよさであり、自分の力でではなく、神様だけがなし得るものです。私たちの内には聖霊様が共に生きておられ、私たちの内に、「聖さ」を与えるために助けてくださいます。

『しかし、あなたがたは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の御使いたちの大祝会に近づいているのです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 12:22)

私たちが向かっている方向を今一度確認しましょう。この箇所にあるように、これから行くところは律法の世界とは無縁の素晴らしい場所です。ですから、つらい時も弱り果てず、前に進み続けてほしいと、神様は願っておられます。



神木イエス・キリスト教会


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