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2004年11月21日 礼拝メッセージ
信仰に生きる
(新約聖書 ヘブル人への手紙 11章)

私たちの心を苦しめるのは、不安、恐れといった「感情」です。私たちは、「出来事」によって苦しんでいると思いますが、そうではなく、「出来事」によって発生する「感情」によって苦しんでいるのです。ですから、出来事を解決しようとしても、苦しみの解決にはなりません。


人は不安になったとき、それを取り除くためによく良い行いをします。しかし、良い行いによって不安を取り除くことはできません。取り除く方法は一つしかありません。行いではなく、信仰です。この章では、信仰を行使することについて書かれています。


信仰には2つの意味合いがあります。一つは、「イエス様を信じている」ということです。これは信仰の導入部分と言えます。この信仰を持っていれば、天国へ行けます。もう一つは、「信仰を活用している」ということです。


『信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 11:1)


確信を持ったとき、不安、恐れは消えている者です。自分の考えよりも、聖書に書いてある神の言葉の方が確実であると信じる時に、確信を持つことができます。


『信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。…』(新約聖書 ヘブル人への手紙 11:3,4)


神様はアベルのささげものに目を留められました。それは、彼が信仰をもって神様に最良のものを捧げたからです。神様が見るのは、何をやったかではなく信仰を持ってやったかであることがここからわかります。信仰を持って行った者への祝福が次の節に書かれています。


『信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 11:5,6)

信仰によって生きることはどういうことなのか、さらにアブラハムとノアに関する記述から見ていきましょう。


『信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 11:7,8)

信仰によって生きるとは、次のことです。


1.神の言葉を聞く

神様の言葉を素直に聞き、そこから示されることに従う姿勢です。私たちは問題にぶつかりますが、その問題から逃げずに解決へとチャレンジしていくことによって、神様はビジョンを与えようとしておられます。神様が与えてくださるのは私たちがチャレンジできないようなものではなく、チャレンジできることです。


2.行動に移す

問題解決にチャレンジするに当たって、今、自分に何ができるのかを考え、それを行動に移していくことが必要です。


3.過去を見ない

過去を振り返ることは、問題解決につながりません。神様は、これから向かうところがもっと良いところだと約束してくださっているのです。神様はあなたの過去ではなく、今を見ておられます。


『これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 11:13)


私たちが信仰を持って歩み出すとき、約束のものをまだ手にしていなくても、神様は私たちに喜びと希望を与えてくださいます。信仰によって約束のものを手にしているからです。



神木イエス・キリスト教会


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