メッセージ集TOPへ
2004年10月24日 礼拝メッセージ
メルキゼデクに等しい祭司
(新約聖書 ヘブル人への手紙 7章)

この章でパウロは、ヘブル人の疑問に答えています。その疑問とは、イエス・キリストが祭司であるなら、なぜレビ人の家系でないのかということです。モーセを通して与えられた律法によって、祭司職を務めるのはレビ人と定められていました。そのため、イエス・キリストがユダの家系から出ているということが、ヘブル人にとっては疑問となっていました。


祭司とは、人々の罪を代わって神の前にとりなす任務をする者のことです。つまりイエス・キリストはまさに祭司の務めそのものを成し遂げられた方であると分かります。実は、イエス・キリストがレビ人ではなかったことには、深い意味がありました。そのことをパウロの説明と共に見ていきましょう。


『このメルキゼデクは、サレムの王で、すぐれて高い神の祭司でしたが、アブラハムが王たちを打ち破って帰るのを出迎えて祝福しました。またアブラハムは彼に、すべての戦利品の十分の一を分けました。・・・その人がどんなに偉大であるかを、よく考えてごらんなさい。族長であるアブラハムでさえ、彼に一番良い戦利品の十分の一を与えたのです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 7:1〜4)


メルキゼデクという人は、創世記に少しだけ登場する人物で、律法が定められる前に初めて祭司として立てられた人でした。その人は、当時の権力者である信仰の父アブラハムを祝福し、彼から一番良い戦利品の十分の一を受けたとあります。これはメルキゼデクがいかに偉大な人物であったかを表しています。レビはアブラハムの息子で当時はまだ存在していませんが、このことはメルキゼデクがレビ人の祭司よりも偉大な祭司であることを表しています。


『さて、もしレビ系の祭司職によって完全に到達できたのだったら、・・民はそれを基礎として律法を与えられたのです。・・それ以上何の必要があって、アロンの位でなく、メルキゼデクの位に等しいと呼ばれる他の祭司が立てられたのでしょうか。祭司職が変われば、律法も必ず変わらなければなりませんが、私たちが今まで論じて来たその方は、祭壇に仕える者を出したことのない別の部族に属しておられるのです。私たちの主が、ユダ族から出られたことは明らかですが、・・・その祭司は、肉についての戒めである律法にはよらないで、朽ちることのない、いのちの力によって祭司となったのです。この方については、こうあかしされています。「あなたは、とこしえに、メルキゼデクの位に等しい祭司である。」』(新約聖書 ヘブル人への手紙 7:11〜17)


律法によって祭司職は代々レビ人が任命されることとなりました。それは、人々が律法を守るようとりなすためでした。この箇所で、完全に到達できたのだったら、とありますが、それは律法による救いのことです。しかし、律法によって人々は救われるどころか、自分の罪深さを自覚し、罪の中に閉じ込められた状態となりました。そうして律法による救いは完全ではなく、本当の救いが必要であることを人々が知ること、それが神の計画でした。そして時が満ちて、イエス・キリストによって恵みによる本当の救いがもたらされました。イエス・キリストは人としてはユダの家系に生まれましたが、もはや新しい祭司は、古い律法を守るためのレビ人である必要はなく、むしろメルキゼデクのようにレビ人ではない別の祭司が必要だったのです。


『しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。また、このようにきよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、また、天よりも高くされた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。ほかの大祭司たちとは違い、キリストには、まず自分の罪のために、その次に、民の罪のために毎日いけにえをささげる必要はありません。というのは、キリストは自分自身をささげ、ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。律法は弱さを持つ人間を大祭司に立てますが、律法のあとから来た誓いのみことばは、永遠に全うされた御子を立てるのです。』(新約聖書 ヘブル人への手紙 7:24〜28)


人間の祭司は何度も立てられなければならず、しかも自分と人の罪のためにとりなし続けなければなりませんでした。しかし、神様自らが祭司となってくださったので、私たちを完全に救い、永遠にとりなしてくださっています。


これらの事を見ると、神様の計画がいかに精巧であるかが分かります。あらかじめメルキゼデクという祭司を備え、反対するものに対してイエス・キリストの祭司としての正当性が最初から示されていました。


同じことが私たちの人生にも言えます。「なぜ」といぶかしく思ってしまうような過去の出来事も後に「このためだったのだ」とつながる時が必ずやって来ます。ですから、つぶやかないでいつでも感謝して生きていきましょう。



神木イエス・キリスト教会


神奈川県横浜市青葉区新石川4-22-7
電話:045-914-5455 ファックス:045-914-5508
Email:info@shiboku.net

| HOME | 教会紹介 | 集会案内 | 会堂紹介 | 地図 | メッセージ集 | NOAHの活動 | ENGLISH |