『教会の監督を任命する条件が記されていますが、この条件に見合う者が任にふさわしいものであり、良いクリスチャンということができるでしょう。「自分は監督職に就かないから関係ない」というのではなく、これはすべてのクリスチャンにとって、目指すべき姿です。その中には次の条件があります。』(新約聖書 テトスへの手紙 1:6〜9)
- 非難されることがない
これは家庭において親や家族に文句を言われない生活をすることから始まります。家庭は最も甘えが出やすい所です。まずは家庭において一つ一つのことを忠実に行いましょう。そして裏表のない生き方を目指しましょう。
- 家庭を治められる
- 反抗的でない
- 短気でない(怒らない)
- 酒飲みでない
この後に、悪いクリスチャンについて記されています。
- 反抗的な人
私たちは仕えることをいやがります。しかし、イエス様は「仕える者になりなさい」といわれました。また、十戒の中には「両親に従いなさい」ということばがあります。
- 空論に走る人
つまり聖書に基づく考え方をしない、自己中心の考え方をするということです。
自己中心によって人は肉を満たすために交わりを求めます。
- 人を惑わす
聖書に反することを教えることです。(例えば「行いによって救われる」と教えることなど。)ここから異端が生まれます。
良いクリスチャン、悪いクリスチャン、いずれについても「反抗的」という言葉がありますが、神様が私たちを見る時に重要なポイントであることが分かります。自分の中の反抗心を見つけたなら、神様の前に素直に認め、神様の求める姿に変えられるよう祈り求めましょう。 |