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2004年6月27日 礼拝メッセージ
人生の指針
(新約聖書 テモテへの第二の手紙 3章)

『終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。そのときに人々は、自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、不遜な者、神をけがす者、両親に従わない者、感謝することを知らない者、汚れた者になり、情け知らずの者、和解しない者、そしる者、節制のない者、粗暴な者、善を好まない者になり、裏切る者、向こう見ずな者、慢心する者、神よりも快楽を愛する者になり、見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。』(新約聖書 テモテへの第二の手紙3:1〜5)


ここで言う終わりの日とは、いつかではなく、今を指します。人々はこういう者になると書かれていますが、その中で「感謝することを知らない者」とあるのに注目しましょう。これはクリスチャンが特に陥りやすい状況ではないでしょうか。別の箇所には「衣食があればそれで満足すべきです」「すべてのことについて感謝しなさい」とあります。しかし、私たちは色々なことにつぶやき、文句を言い、「感謝することを知らない者」になってはいないでしょうか?


『しかし、あなたは、私の教え、行動、計画、信仰、寛容、愛、忍耐に、またアンテオケ、イコニオム、ルステラで私にふりかかった迫害や苦難にも、よくついて来てくれました。』(新約聖書 テモテへの第二の手紙 3:10〜11)


パウロはテモテに、困難な中でもよくついて来てくれたと、ねぎらいの言葉をかけています。良いしもべはリーダーと苦しみを共有します。私たちのリーダーはイエス様です。私たちはイエス様について行っているでしょうか?困った時に助けを求めるだけだったり、自分に都合良く受けるだけの生き方をしてはいないでしょうか?私たちは「イエス様がいつも共にいて下さる」と言います。しかし主は、むしろ私たちが、主とともに生き、苦しみを共有することを願っておられるのではないでしょうか?


受けることを求める生き方は「感謝することを知らない」生き方であり、何かある度につまずき、不平不満が起こります。つまずきは人生における事故と言えるでしょう。それでは、どうして事故が起こるのでしょうか。飛行機を操縦する場合、人間の視覚には頼らず、計器を頼りに飛行します。しかし視覚だけに頼って飛行すれば、途端に事故を起こします。人生における事故も、人間の五感に頼る時に起こります。そして、五感に頼っている限り、恐れや不安は消えません。それでは、事故を起こさないようにするには、どうしたらよいのでしょうか?


『けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。』(新約聖書 テモテへの第二の手紙 3:14〜16)


私たちが頼りにするべきなのは、自分の感覚ではなく、聖書のことばです。聖書のことばは変わることなく、常に私たちの人生の指針となります。どのような状況にあっても、「神様は何とおっしゃっているか」と聖書に照らし合わせて判断するなら、正しい道を歩むことができます。


私たちはいったいどこから来て、どこへ行くのか?また、私たちは何のために生きているのか?人間の知性でいくら考えたところで、こたえは出ません。しかし、聖書はその問いに明確に答えています。


もし今、不平不満がある、つまり、事故を起こしている状態ならば、どうして事故を起こしたのか考える必要があります。すべてのことは感謝することができるはずなのに、それができないのは、物の見方がずれているからです。神のことばに照らし合わせることをせず、自分の五感によって見るから、不平不満、恐れがあるのです。この物の見方の「ずれ」は罪です。自分がどこからずれるのか、人それぞれパターンがあります。聖書に照らして、自分がどうしてずれたのかを見つけ出し、再び聖書のことばにしっかりと立っていきましょう。そのように自分を吟味し、自分の生き方を考えていきましょう。


それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。



神木イエス・キリスト教会


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