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2004年2月15日 礼拝メッセージ
人は変われる
(新約聖書 テサロニケ人への手紙第一 1章より)


『私たちは、・・・絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。』(新約聖書 テサロニケ人への手紙第一 1:2,3)


ここでは、パウロがクリスチャンに対して見る視点が分かります。

1つ目は、「信仰の働き」があるかどうかです。これは、神のことばを信じる姿勢があるかということです。2つ目は、「愛の労苦」、つまり、みことばを聞いて、それを実践しているかどうかということです。3つ目は、「望みの忍耐」です。望みを描いたなら、忍耐しなければそれを得ることはできません。神様は私たちに忍耐を学ばせようとしておられます。ですから、忍耐を学んでいるかどうか、パウロは見ているのです。


『なぜなら、私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、言葉だけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。』(新約聖書 テサロニケ人への手紙第一 1:5)


私たちが人に語る時、何を語ったかということだけでなく、それをどのように語ったかによって、伝わるものが違います。ここに、力と聖霊と強い確信とによって福音が伝えられたとあります。当時迫害の中にあり、吹けば飛ぶような少数派であったクリスチャンが、今日これほど増えて、キリスト教国家も数多く誕生したのは、なぜでしょうか。それは、神による確信を持って福音が伝えられたからです。確信を持っていれば、私たちは迷ったり不安になることはありません。その確信を、神様は私たちに与えてくださるのです。


『あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならうものになりました。』(新約聖書 テサロニケ人への手紙第一 1:6)


聖霊による喜び、すなわち神様がくださる喜びには、苦難に負けない力があります。当時の迫害は死をも覚悟しなければならないほどのものでした。それにもかかわらず、彼らが語ることができたのは、喜びがあったからです。神様はどのような苦難の中でも喜びを与えてくださいます。

6節から10節に書かれているのは、テサロニケの教会の人々が、周りの人が驚くほど変わったということです。私たちは自分の努力だけでは、なかなか変わることができません。彼らはどのように変わったのでしょうか。テサロニケの人たちは、パウロや他の教師にならい、また、他のクリスチャンに対して模範となったと書かれています。(6,7節)人に何かを言うのであれば、まず自分が模範となるようにしたいものです。

人がどのように変わるか、それは、愛されることによって変わります。それは、次の通りです。体が食べ物を欲するように、心も愛されることを欲します。愛されるために人がとる手段は「行い」です。何か良いことができることによって評価されて育ってきた私たちは、愛されるためには何かできなければならないと思いこみ、愛されるためにがんばります。しかし、それによって得られる愛は一時的で、すぐにまた飢えてしまいます。

神様が与えてくださる食物は、そのようなものではありません。神様は、行いを評価して食事を与えるのではありません。ただ、神を信じることによって条件なしに食事を与えてくださいます。

ヘレン・ケラーは、目と耳が不自由で、うまく話せなかったこともあり、幼い頃は粗暴な性格で、手のつけられない状態でした。そこで、家庭教師としてきたサリバン先生は、彼女の心は神の愛によってでないといやされないと確信し、何とか彼女に神の愛を伝えようとしました。しかし、なかなかうまく伝えることができず、途方に暮れたサリバン先生はある時、彼女の手をとって神に祈りました。その時、サリバン先生の目から涙がこぼれ、ヘレン・ケラーの手に落ち、彼女はその時、自分が神に愛されていることを知ったのです。以来、彼女は変えられました。

私たちは、自分で自分を変えようとしても、また人を変えようとしても行き詰まります。しかし、目を神に向けましょう。私たちは、神からの食事によって、神に愛されていることを知って、変わることができるのです。



神木イエス・キリスト教会


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