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2003年12月7日 礼拝メッセージ
ピリピ人への手紙3章
(新約聖書 ピリピ人への手紙3章より)


『どうか犬に気をつけてください。悪い働き人に気をつけてください。肉体だけの割礼の者に気をつけてください。』(新約聖書 ピリピ人への手紙3:2)


ここで、パウロは3度も言い方を変えて「気をつけてください」と注意を促しています。何に対してかというと、肉体だけの割礼の者、すなわち行いによって価値を見出そうとするため、行いを強調する人のことです。

パウロ自身も、以前は自分の努力で立派な行いができることが、自分の価値だと思い、がんばってきたが、イエス様のことを知り、その間違いに気づき、自分で得たものを損と思うまでになりました。

神様は私たちの努力や行いによらず、イエス・キリストを信じる信仰によって義と認めてくださいました。このすばらしい恵みをパウロは牢に捕らえられながらも、命をかけて伝えているのです。(9節)


『私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。』(新約聖書 ピリピ人への手紙3:12)


義と認められたのに、行いは以前と変わらない・・・。クリスチャンはみなこのことで苦しむのではないでしょうか。神様が私たちを義と認めたのは、行いは100点ではないけど、完全であるイエス・キリストを信じたことで、神様は100点と見てくださり、受け入れてくださったということです。パウロもすでに得たのではないと書いているとおりです。

ですから、私たちはもはや救いのために努力して100点を取ろうとするのではなく、すでに神様が100点をくれたから、少しでもそれに近づくように進んでいけばよいのです。具体的には、聖書に書いてあることに忠実であることにこだわるということです。


『兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一時に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです。』(新約聖書 ピリピ人への手紙3:13,14)


自分が変わらないのは、自分への青写真がないからではないでしょうか。神の栄冠を得るための目標を描いて、それに向かって進んでいくなら、過去を振り返ってくよくよしたり、人を攻撃して止まる暇はありません。

目標を設定して進む時、なかなか到達できないと落ち込み、そのことで自分や人を判断するという律法の教えに、再び戻ってしまう危険があります。しかし、パウロはすでに達しているところを基準として進むべきだと書いています。それは、私たちが30点や50点でも100点だと思って進めばよいということです。100点を基準とするのではなく、今の状態を基準とすればよいのです。なぜそれでよいのでしょうか。


『けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じに姿に変えてくださるのです。』(新約聖書 ピリピ人への手紙3:20,21)


私たちが地上で100点を目指しながらも、30点で死んでしまったとしても、イエス様がその足りないところを補って100点にしてくださるというのです。ですから、私たちは安心してイエス様の恵みの中を目標を目指して進んでいけばよいのです。恵みの中で生きるなら、落ち込むことはありません。しかし、人間の価値観を頼りにするなら落ち込みます。私たちは神様の恵みの教えと人間の価値観、どちらを頼りにするのでしょうか。


『主にあって喜びなさい。』(新約聖書 ピリピ人への手紙3:1)


私たちは、恵みの中にあるからこそ、自分がどのような状態でも喜べるのです。まわりと比較しないで、むしろ同じキリストのからだとして助け合って生きてゆけるのです。



神木イエス・キリスト教会


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