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2003年7月20日 礼拝メッセージ
絶大な神の恵み
(新約聖書 第二コリント人への手紙 9章)

8章に続いて、ここでは献金の奉仕について書かれています。

2節に、「あなたがたの熱心は、多くの人を奮起させました」とありますが、8章に書かれていたように、主を信頼して喜びとともに献金の奉仕を熱心にすることは、主に喜ばれるだけでなく、他の人々を奮起させる原動力ともなります。

5節から7節には、この奉仕の心構えについて書かれています。まず、「約束を守る」ことは、どんな奉仕についても言えることです。また、「惜しみながらではなく、好意に満ちた贈り物として捧げる」ことは、人間同士の関係においても言えることです。いやいやながらするのでは、気持ちが相手に伝わりません。さらに、「強いられてでもなく」とあるのは、奉仕は強制されてするものではなく、自発的にするものだからです。神様は、私たちが自立した信仰を持つことを望んでおられます。すなわち、自分で判断し、決断し、責任をとり、決して言い訳をしないということです。そして、「心で決めたとおりに」するのです。

8節以降は、献金がどのような影響を及ぼすかが書かれています。まず、献金する人には、神様が献金するための必要を用意してくださり、それだけでなく霊的にも祝福してくださいます。献金するたび、また神が備えて豊かにしてくださり、また捧げることができるという循環が生まれます。

13節には、このわざを「証拠」として、捧げた者たちが神様に仕えていることが明らかになり、神があがめられるとあります。献金は私たちが本気であることを表す力強い証拠なのです。お金があるところ、動くところに私たちの心があるのです。私たちの心を本当に豊かにしてくださるのは、神様であって、物質ではありません。


『また彼らは、あなたがたのために祈る時、あなたがたに与えられた絶大な神の恵みのゆえに、あなたがたを慕うようになるのです。ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。』(新約聖書 第二コリント人への手紙 9:14,15)


「絶大な神の恵み」、「ことばに表せないほどの賜物」は、いずれも献金を指しています。私たちは、献金がこのようなものであるということを、どこまで認識しているでしょうか。捧げることができるのは、絶大な神の恵みがあるゆえの特権です。私たちは富に支配されるのではなく、神様のために有効に活用することができる権利を持っているのです。

献金についての私たちの認識は、特に神様とずれている部分です。私たちと神様との認識のずれを認め、自分の思いを変えてはじめて、絶大な神の恵みを手にすることができるのです。



神木イエス・キリスト教会


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