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2003年4月27日 礼拝メッセージ
コリント人への手紙から学ぶこと 14
(新約聖書 第一コリント人への手紙 14:1)

4月13日のメッセージで、13章4〜6節から愛の3つの側面を見てきました。その続きを見ていきましょう。

『愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に追い求めなさい。』(新約聖書 第一コリント人への手紙 14:1)


御霊の賜物と書かれているのは、ここでは聖霊様の働きであるという意味です。そして、預言とは、聖書の教えを語ることです。これを熱心に追い求めなさいとあるのは、人のたましいにとって必要なのは、神の言葉に他ならないからです。人の優しさや慰めは一時的には効果があっても、たましいが生きていくためには、神のことばが必要なのです。ですから、人を愛するとは、たましいの成長の手助けをする、つまり、御言葉を語ることです。

愛の3つの側面の2つ目である、自分に対する側面を一言で表わすなら、「さばかない」ということです。言葉だけでは、さばいているかどうかを判断することはできません。同じ言葉でも、どのようなニュアンスで言ったかによって、全く意味が違ってきます。では、どのような状態を「さばいている」と言うのか、それは、比較している状態です。比較した結果、さばくという行動になるからです。(新約聖書 第一コリント人への手紙13:4〜6参照)

「さばくー比較する」という心の状態をさらに掘り下げて見ましょう。たましいがつらくなる時、心に平安がない時は、必ず自分の中の罪が原因です。しかし、自分がさばいているということを、明確に認識するということは、実は難しいのです。そこで、人はつらい原因を自分の内に見出すことができないと、他のものに転換しようとします。それが「心の傷」という形の姿になります。

「心の傷」は人をゆるせなかった過去の記憶です。私たちは人に対して「こうあるべきだ」と勝手に決めた基準を持っています。そして、相手がその基準に会わない行動をとると、自分は「傷ついた」ということになります。ほんとうはさばいているのです。つらいのは自分がさばいているからなのに、人が原因なのだと、自分に対して嘘をついている状態も自分をますますつらくしていきます。

カウンセリングの目的は、「自分がさばいている」という答えに到達することです。つらい原因は、さばいている、つまり比較しているー自分と他人を比較したり、自分がつくった基準と相手の実際を比較するーことだからです。ですから、比較と戦っていく必要があります。

心の平安は神との関係でしか得られません。神との関係によって、どんな状況でも喜びが満ちあふれるのです。それは愛の3つ目の側面、神に対して期待することにつながるのではないでしょうか。聖書の教える愛を追い求めていきましょう。



神木イエス・キリスト教会


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