『あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい。』 (新約聖書 第一コリント人への手紙 12:31)
愛は、賜物のように神様から一方的に受けるものではなく、私たちの内になる実であって、成長するものです。神様は私たちが愛の賜物を自ら求めるように言われます。
愛とは何でしょうか。聖書に、愛がなければすべてはむなしいとありますが、神の愛は人の言う愛とは異なります。神の愛には3つの側面があり、3つによって成立します。
- 人に対して
『愛は寛容であり、愛は親切です』 (第一コリント人への手紙 13:4)
これは世の中の通念でもあります。この肯定文で表わされる一文は、他の人々に対する心の姿勢を表わしています。
- 自分に対して
『人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。』 (第一コリント人への手紙 12:4-6)
否定文で表わされる文章、これは実は、自分の内にある罪、肉なるものを否定しているのです。肉なるもの、自分の罪と闘うことが愛の一つの側面であることを、私たちは忘れてはなりません。
- 神様に対して
『すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます』 (第一コリント人への手紙 12:7)
これらは、信仰に不可欠な姿勢です。神を愛するとは、神を信頼することです。
- 愛は人に対して優しい
- 愛は神を信頼すること
- 愛は自分の罪と闘うこと
以上のように、「人に対して」「自分に対して」「神様に対して」正しい姿勢を持つことが愛です。その姿勢は、まず「神に対して」の関係からスタートします。神に対して正直になるなら、自分の内に罪があることが分かります。そして神に悔い改め、赦され、自分の弱さを知るほどに、人に対しても優しくできるようになるからです。御言葉の中でも自分に対する側面に多くの言葉が書かれているように、自分の心を治めていくことが重要です。
しかし、愛は消えてしまうことはなく、いつまでも残ります。私たちは、家庭環境や体、その他のことで、いろいろな制約を受けているかもしれません。しかし、そういった神の賜物すべては、御霊による愛の実を成長させるための材料です。神様は私たちが最大限良い実をならすために、最善の環境、能力を与えてくださっているのです。 いずれ消えてしまうものではなく、永遠に残るもの ―愛― に目を向けていきましょう。愛の中でも、特に自分の心に目を留めていきましょう。
『いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。』(新約聖書 第一コリント人への手紙 13:13)
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