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2003年2月23日 礼拝メッセージ
コリント人への手紙から学ぶこと 6
(新約聖書 第一コリント人への手紙 6:1-)

6章には、「争い」と「不品行」(ここでは男女の性的な関係のことを指す)の2つの罪について書かれてあります。聖書は文脈を通して読むわけですが、「争い」と「不品行」にはどのような関係があるのでしょうか。

不品行に対しては、道徳的にいけないことという概念があり、それを罪だという意識を誰でも持つことができます。しかし、争い(腹を立てる、さばく等も含まれる)に対しては、悪いという意識はなく、日常茶飯事に行っています。大概の人は、争うことに罪責感を持たないからです。しかし聖書では、争いは不品行と同列に扱われる大変重大な罪であると指摘されています。


『あなたがたの中には、仲間の者と争いを起こしたとき、それを聖徒たちに訴えないで、あえて、正しくない人たちに訴え出るような人がいるのでしょうか。あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。』

それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。それなのに、この世のことで争いが起こると、教会のうちでは無視される人たちを裁判官に選ぶのですか。私はあなたがたをはずかしめるためにこう言っているのです。いったい、あなたがたの中には、兄弟の間の争いを仲裁することのできるような賢い者が、ひとりもいないのですか。それで、兄弟は兄弟を告訴し、しかもそれを不信者の前でするのですか。』(新約聖書 第一コリント人への手紙 8:1-6)



コリントの教会には争いが絶え間なくありました。争いは「○○よりも良く思われたい」「○○よりも評価されたい」「○○には負けたくない」という競争心から発しています。 では、教会内で争いごとが起きたとき、どのように対処するのが良いのでしょうか。この箇所から3つのことが分かります。
  1. 教会スタッフに相談すること
  2. 自分に同情してくれる人に相談しないこと
    (自分たちだけで解決しようとしない。)
  3. 教会外の人に相談しないこと
    教会員同士の争いを未信者に訴え出るのは最も悪いことです。未信者のつまずきになるだけでなく、キリストの体の崩壊も招きます。

『そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか。ところが、それどころか、あなたがたは、不正を行なう、だまし取る、しかもそのようなことを兄弟に対してしているのです。

あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。

あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。』(新約聖書 第一コリント人への手紙 6:7-11)



教会内の争いに関して、クリスチャン同士の場合、訴えた時点で負けだと書いてあります。争いは愚かなことなのです。不正を受けたら受けたでよいのです。と言うのは、訴えた自分も同じ事をしており、神に赦された者だからです。さばきあうのは、神に赦されたことを忘れてしまっているからです。神を信じない者のように争うのは、神を信じて歩む前の過去の生き方を引きずっているからです。イエス・キリストを信じる前、私たちは悪に鈍感でしたが、イエス・キリストを信じて、私たちは赦され、聖なる者とされ、義と認められた者なのです。

私たちは御霊によって何が正しいことか悪いことか分かっています。ですから、悪いと分かっていることをするのはもうやめましょう。そうすると、争い自体を回避するように変えられていきます。


『すべてのことが私には許されたことです。しかし、すべてが益になるわけではありません。私にはすべてのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません。 食物は腹のためにあり、腹は食物のためにあります。ところが神は、そのどちらをも滅ぼされます。からだは不品行のためにあるのではなく、主のためであり、主はからだのためです。神は主をよみがえらせましたが、その御力によって私たちをもよみがえらせてくださいます。

あなたがたのからだはキリストのからだの一部であることを、知らないのですか。キリストのからだを取って遊女のからだとするのですか。そんなことは絶対に許されません。遊女と交われば、一つからだになることを知らないのですか。「ふたりの者は一心同体となる。」と言われているからです。しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。不品行を避けなさい。人が犯す罪はすべて、からだの外のものです。しかし、不品行を行なう者は、自分のからだに対して罪を犯すのです。

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。』(新約聖書 第一コリント人への手紙 6:12-20)



私たちには、自由な意志が与えられており、何でも選択できます。だからと言って、古い習慣を選択し続けてよいわけではありません。このことを注意しなければなりません。私たちの体は、主と交わるためのもの、聖霊の宮であり、神の一部なのです。その体を不品行によって汚してはいけません。聖書は、結婚した男女の性的関係のみを認めています。夫婦間以外での性的関係を持つことは、大変危険なことで、信仰さえも失いかねません。

これらの注意は他の箇所同様、すべて私たちを罰するためではなく、回復のためであることを覚え、自分の体を聖く保つことに注意しましょう。



神木イエス・キリスト教会


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