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2002年12月22日 礼拝メッセージ
クリスマスの意味
(新約聖書 ヨハネによる福音書1:1)

1. 自分が大切な存在だと気づくとき


『初めに、言葉があった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。』(新約聖書 ヨハネによる福音書 1:1-3)


イエス・キリストは、私たちの罪を代わりに背負うため、神の姿を捨て、人の姿をとり、この地上に来てくださいました。それは、この宇宙を造られた神が、私たち人間に仕えて下さっていることの証と言えるでしょう。

私たちは自分の努力によって生きているわけではありません。どんなに頑張っても命を延ばすことさえできない存在です。ただ、創造主なる神が私たちの命を支え、生かして下さっているのです。私たちは生かされている存在。日々、主は私たちに仕えて下さっています。

主が仕えて下さるほどに、私たちは愛される価値のある存在なのです。クリスマス――イエス・キリストが神の姿を捨てこの世に来て下さったことを思うとき――私たちは「自分が大切な存在」だということに気がつくのです。

2. 本当の自分を取り戻すとき


『この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。』(新約聖書 ヨハネによる福音書 1:4)


光であるイエス・キリストは私たちの心を照らし、素直にしてくださいます。

しばしば私たちは人と争ったり、憎んだりしてしまうことがあります。でも、本当に相手を憎みたいのでしょうか。

子どもたちが喧嘩をする光景をよく目にします。相手と仲良く遊びたいけれど、なかなか素直になれず、喧嘩をしたりちょっかいを出したりすることで何とか関わろうとするのです。私たちも、相手と関わるために、本当は取りたくもない手段(悪口・不平・不満・暴言・暴力・・・)を使ってしまうことがあるものです。

イエス・キリストはそうした人間の心に、光を照らし、温め、「愛する」という形で、相手と関わることができるように導いて下さる方です。クリスマスは、「本当の自分の気持ち」に気がつき、素直になれる時なのです。

3.勇気が与えられるとき


『光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。』(新約聖書 ヨハネによる福音書1:5)


私たちは人生の中で色んな問題にぶつかります。試練・罪・弱さ・・・その様な闇に覆われてしまうと、もうダメなのではないかと思うことがあります。しかし、イエス・キリストは私たちの心に希望の光を差し込ませて下さる方です。光は闇を消し去ります。「光」を「イエス・キリスト」に、「闇」を「あなたの抱えている問題」に置き換えて、上の御言葉を読んでみて下さい。

希望が差し込むとき、人は、もう一度踏み出そうという「勇気」を持つことができます。クリスマスは、私たちの心に「勇気」を与えてくれる時なのです。



神木イエス・キリスト教会


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