あなたは、自分を他の人と比べて、落ち込んだり、有頂天になったりすることはありませんか?
聖書は私達に、限られた人生のエネルギーを、他人との比較に費やすのではなく、自分の中にある宝を発見し、それを用いることで喜びに満たされた人生を送れると教えています。神は、一人一人に異なる賜物を与え、違いを持ったものとして造られました。そもそもお互い比較の対象にならないのです。
聖書が教えているのは、他人と比較してナンバーワンを目指す生き方ではなく、オンリーワンを目指す生き方です。聖書に書かれているオンリーワンの生き方は、私たちを普遍的な価値を見いだして生きる喜びの世界へと導いてくれます。お互いに尊敬し合い、自分にないものを人が持っていることを認め、比較ではなく助け合って生きられる人生は何と幸せでしょうか。
『何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。』 (新約聖書 ピリピ人への手紙 2:3)
私たちは、自己推薦をしているような人たちの中のだれかと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。しかし、彼らが自分たちの間で自分を量ったり、比較したりしているのは、知恵のないことなのです。 (新約聖書 コリント人への手紙U 10:12)
ここに神との出会いによって「ナンバーワンからオンリーワンへ」変えられた2人の方を紹介したいと思います。
テノール歌手として活躍する新垣勉先生は、いつも明るく、その過去を聞かない限り、彼の育った境遇がどんなにつらいものだったのかまったくわかりません。彼は、アメリカ兵と日本人女性の間に生まれ、生まれてすぐお産婆さんのミスにより、失明しました。父親は彼が1歳の時に彼を置き去りにし渡米し、実祖母を母と教えられて育てられますが、その祖母も彼が15歳の時亡くなり、彼は孤独と父への憎しみのあまり自殺を試みますが、友人に助けられます。
心の中にふくれあがる憎しみに苦しみ、途方にくれていた時、彼はキリスト教の牧師先生と出会います。生まれて初めて受ける温かい愛…、やがて彼はイエス・キリストを信じるようになりました。そして、あれほど憎んでいた父親を許すことが出来るようになったのです。彼はその後、神学校を出て、声楽の道を志します。それは、師事していた声楽家の一言がきっかけでした。「きみは日本人離れしたすばらしい声をしている」。それは、自分の父親から譲り受けた宝だと気づき、彼はついに、父親を許すという立場ではなく、父に心から感謝するように変えられたのです。
新垣先生は現在、神の素晴らしさを証ししつつ、全国各地でコンサート活動を続けています。自分に与えられたその声を生かして、彼はオンリーワンの人生を送っています。
ボブ・ウィーランドさんは、大学時代、プロ野球の選手を目指していました。卒業間近、あるプロ野球チームと契約交渉をするに至りました。しかし、そんなときベトナム戦争へと徴兵され、地雷を踏み、奇跡的に一命は取り留めたものの、下半身を失ってしまいました。普通ならば失意のどん底といった状況の中、彼は「神は私に何かをさせようとしている・・・」と考え、希望を失うことはありませんでした。帰国したとき出迎えてくれた両親に、彼は「僕は大丈夫。ただ足がなくなっただけ。何でもできる一人の人間だよ・・・」と言ったそうです。
その後、彼は体育教師の資格を取り、更には体を鍛え、腕だけでアメリカ大陸横断に挑戦しました。4500キロを、3年8ヶ月と6日で完走しました。その間貧しい人たちのために募金を集め、総額31万ドルを寄付しました。彼のひたむきな姿に感銘を受けた人たち350人が、彼の信じるイエス・キリストを信じ救われました。
2002年9月15日、荒川の河川敷で約4500名が参加するタートルマラソン大会が開催されました。彼は5キロマラソンに挑戦しました。午前5時にスタートしました。彼が一度に進める距離は、約15メートルです。心拍数が140を超えるとブザーが鳴り休み、2分も3分もかけて心拍数が120以下になるのを待って再び走り出します。その間、彼の横を通りすがった人は、彼がこんな風に祈っているのを聞きました。
「忍耐、忍耐、急いではいけない。祈りによって力を受ける。祈りこそ力だ。自分には出来ないが、神に不可能はない・・・」
彼は、一切振り返らず、一切否定的なことを語らず、主に祈りながら、途中応援してくれる人々に励ましの声を掛け、最後まで決してあきらめることなくゴールしたのでした。
私たちもナンバーワンを目指して生きていくのではなく、オンリーワンを目指して生きていきましょう。
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